“「国民皆歯科健診」制度”の導入で、歯の健康はどう変わる!?

皆さんは、歯医者さんで定期的に歯科健診を受けていますか? 「歯が痛くなってからじゃないと歯医者さんには行かない…」という方が多いかもしれません。でも、お口の健康を考えると歯が痛くなる前に歯医者さんに行き、しっかりとお口の健診を受けることが大切です。

なぜならお口や歯の病気は決して他人事ではなく、歯肉炎や歯周疾患(歯周病)の総患者数は、なんと398万3,000人もいるそうです(厚生労働省が平成29年に実施した患者調査より)。単純に計算して、国民の約5人に4人もが歯肉炎や歯周疾患にかかっていることになります。まさに、「国民病」と言っても過言ではありませんよね。

そして、歯周病の本当の恐ろしさは、進行することで歯を失うことにつながるだけでなく、糖尿病や心臓病、脳梗塞などの他の病気を誘発する可能性があります。「まさか歯周病が身体の病気につながるなんて…」と思うかもしれません。でも、それほど歯周病やお口の病気は身体の病気と密接な関係があるのです。

政府は、定期健診を通じて国民の歯の健康を守り、健康寿命を延ばすために、令和7年度を目安に「国民皆歯科健診」制度の導入を検討しています。これは、お口や歯の健康を守る良い機会かもしれません。この記事では、この「国民皆歯科健診」制度と歯の健康の大切さについて解説します。


日本人の歯に対する健康意識は決して高くない

日本人の歯に対する健康意識は決して高くない

「8020(はちまるにいまる)運動」をご存知でしょうか? これは、国と日本歯科医師会が平成元年から推進している取り組みで、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」と呼びかける運動です。80歳で20本以上自分の歯を保つことの理由として、20本の歯があれば特に不自由なく食事を楽しめることが根拠とされています。

「80歳になっても20本以上自分の歯を保つ」ためには、虫歯だけでなく歯周病などの早期発見・早期治療がとても重要です。そのためには、歯が痛くなってから歯科医院に行くのではなく、歯に痛みや異常がなくても定期的に歯科健診を受けて、日頃から歯の健康を保つ意識付けが欠かせません。

しかし、残念なことに日本では歯科検診の受診率が決して高くありません。1歳半と3歳の乳幼児、小中高等学校での学校検診は義務付けられていますが、それ以外の世代では歯科検診は義務付けられていません(例外として、業務で歯に有害な化学物質のガスを使用している人を除く)。

自治体の中には40歳から10年に1度、健康増進法で定められた歯周病対策の歯科健診などを実施している自治体もあるものの、実際に歯科健診を受診する人の割合は1割にも満たないのが現実です(平成30年全国平均)。

これらのことから、日本人の歯に対する意識はまだまだ高いとは言えないのかもしれません。たしかに歯科医院には、「痛い」「怖い」というイメージが付きまといます。中には「歯科恐怖症」と呼ばれ、すぐに歯の治療が必要な状態であるのにも関わらず、「歯医者と聞くだけで恐怖が眠れなくなる」「治療中に嘔吐してしまいそうになる」といった症状が出てしまうこともいるほどです。できることなら歯医者に行きたくない・治療を受けたくないと思うのも、仕方がないことなのかもしれません。しかし、歯の健康を保つためには早期発見・早期治療が欠かせません。

また、歯周病や虫歯などは歯やお口の中の病気だけにとどまらず、全身疾患を誘発しかねない怖い病気であることを認識しておくべきです。


さまざまな全身疾患と深い関係がある歯周病と虫歯

さまざまな全身疾患と深い関係がある歯周病と虫歯

歯周病は、細菌の塊である歯垢(プラーク)が原因となり発症する病気です。お口の中にある細菌の多くは「嫌気性菌(けんきせいきん)」と呼ばれ、酸素のある環境を苦手とします。この嫌気性菌には二種類あり、「通性嫌気性菌」と呼ばれる少しの酸素があっても生育が可能な細菌と、「偏性嫌気性菌」と呼ばれる空気に触れると死滅してしまう細菌に分かれます。

歯周病を引き起こす細菌にはいくつかの種類があるものの、主たる細菌のひとつが「偏性嫌気性菌」です。偏西嫌気性菌は、歯と歯ぐきの間にある「歯周ポケット」や、歯石の中に棲みつき、偏西嫌気性菌が排出する毒素によって歯ぐきに炎症を起こしていきます。また、歯垢以外にも喫煙やストレス、不規則な生活習慣で免疫力が低下していると、歯周病を発症するリスクが大きくなります。

歯周病は緩やかに進行していき、初期段階では自覚症状がほとんどないため「サイレントキラー(静かな殺し屋)」などと例えられたりもします。歯周病が進行していくと、歯と歯ぐきの隙間が深まり、歯ぐきが赤くなったり腫れたり、出血や口臭などが酷くなります。さらに病状が進行すると、「歯槽骨(しそうこつ)」と呼ばれる歯を支える骨が溶け、最悪の場合には歯が抜けてしまうこともあり得ます。

また、歯周病が引き起こし全身疾患には以下の病気が挙げられます。

歯周病だけでなく、虫歯も全身疾患を引き起こしかねない怖い病気であることを知っておきましょう。虫歯が全身疾患につながると聞くと、少し大げさに思われるかもしれませんが、免疫力の低い小さなお子様やご高齢の方にとっては、最悪の場合死を招きかねない可能性を含んでいます。

虫歯を発症することで血液中に虫歯菌が侵入することがありますが、健康な方であれば免疫機能により虫歯菌を排除することができます。しかし、先ほどご紹介した小さなお子様やご高齢の方、他にも糖尿病などの基礎疾患のある方などは、虫歯菌を十分に排除できないことがあります。その結果、全身のあらゆる場所で繁殖する可能性があります。

例えば血管内で菌が繁殖すると菌血症を発症し、腎臓や皮膚などで菌が繁殖すればアレルギー性の腎炎や関節炎、皮膚炎などを発症します。

他にも、心臓へ虫歯菌が侵入すると感染性心内膜炎を引き起こすこともありますが、この病気は血液の逆流を防ぐ役割のある心臓弁が機能しなくなり、虫歯菌が全身へ拡散する敗血症を引き起こすことで死を招きかねない病気です。

このように、歯周病と同様に虫歯はあなどることができない病気です。歯が痛くなったり症状が出てから歯科医院に行くのではなく、定期的に歯科健診を受けて、早期発見・早期治療を心がけましょう。


QOLの向上には歯の健康が欠かせない

QOLの向上には歯の健康が欠かせない

ここまで、歯周病や虫歯から引き起こされる全身疾患をご紹介してきましたが、歯の病気を放置することの恐ろしさや定期的に歯科検診を受けることの大切さをご理解いただけたかと思います。

冒頭でお伝えした通り、政府は国民に毎年の歯科健診を義務付ける「国民皆歯科健診」制度の導入を検討しています。この制度を通じて歯の健康を守ることで健康寿命を延ばし、生涯の医療費を抑制する狙いもあります。しかし、そのこと以上にこの制度で重要なことは国民に「歯の健康を保つ意識付け」を促すことにあるのかもしれません。

「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」を高く保ち、心豊かに生きるためには歯の健康が欠かせません。「口は命の入り口」という言葉がありますが、歯を含めお口が健康的でないと、おいしく食事を楽しんだり、人とコミュニケーションを図ったり、心から笑うことが難しくなります。また、ご紹介してきたように全身の病気を招いてしまうきっかけにもなってしまいます。まさしく、「口は命の入り口」なのです。

「国民皆歯科健診」制度を契機に、国民の歯に対する健康意識が高まり、誰もがQOLの高く保てるようになることを願っています。



■参考サイト
・患者調査(平成29年)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/dl/kanja.pdf

・患者調査(平成26年)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/dl/05.pdf

・日本歯科医師会 8020運動
https://www.jda.or.jp/enlightenment/8020/

・歯周病罹患状況及び自治体等における対策の状況を踏まえた今後の歯周病予防対策について
https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/000824255.pdf